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2013年を振り返る 其の壱

01 02, 2014
どうも、お年始です。喪中のため新年の挨拶は控えさせていただきますが、今年もよろしくお願いします。
映画鑑賞本数や個人的なランキングは「其の弐」に譲りますが、この一年、といってもここ2ヶ月くらいが中心になってしまいますが、で映画について、というか僕ら「見る立場」にとってつらつらと考えたことをダラダラ書き連ねたいと思います。結論は出ていません。


 大晦日に『永遠の0』という映画を観て参りました。とあるシーンで非常に嫌悪感を覚えました。というのも、三浦春馬が合コンの場で「特攻と自爆テロは違う」さらに「特攻の目標である航空母艦は殺戮兵器だ」と。これを読んでいる方に個人的思想を押し付けるようになるのであまり詳しく書きたくはないのですが、どうしても特攻を肯定する発言は許せませんでした。
 よってこの映画を「どうしようもないプロパガンダ映画」であると断罪することも、できます。しかし、少し足を止めてみると奇怪な話です。もし「倫理的に誤っている」ならばその映画は否定されるべきであるのか。「なんだ、そんな問題はD.W.グリフィスの『國民の創生』からまとわり付いている問題じゃないか」と言われるかもしれない。しかし今の日本でここまで顕在化するとは正直思わなかった。
話が堂々巡りしそうなので別の視点から見ましょう。『凶悪』という映画がありました。凄く面白い作品なのでぜひ観て欲しいですが、これを観たとき「果たしてこの映画の面白さは「社会派」としての面白さなのだろうか?」と思いました。転じて、「映画はその映画が『社会的に意義がある』という理由で評価されてはならない」とも思いました。たとえば熊井啓監督の作品、たびたび社会派映画として称揚されますがそれは単純にサスペンス映画としての面白さを内包しているからこそだと思います。
 この問題を拡大していくと、「映画に対する我々の眼」はどこに置かれるべきなのか、という問題につながっていくと思います。

 もう少し話を広げましょう。元日に『ゼロ・グラビティ』を観て来ました。映画の評価はともかく、この映画は確かに3Dで観る価値のある作品だと思います。特にケスラー・シンドロームによって爆発的に増加したスペースデブリがISSを破壊してさらに多量のデブリが生成され四方八方に飛散していくさまは本当に画面に飲み込まれそうになりました。さらにIMAXで観るのが最高ではないか、という話も聞きます。個人的にも映画は中央目線よりやや下に座って視野全体が画面で覆われるように観るのが好みです。しかし、ここでもちょっと待てよ、と。3D映画は既存の2D映画より少し高い、さらにIMAXシアターに至っては場所も限定される。では映画はそのような場所や料金による一種の「限定」言い換えれば「差別」を許容できるのでしょうか。それは究極の問題としては
・映画のプラットフォームとしての劇場の存在
・映画を自宅で鑑賞すること
の問題につながると思います。映画とは何かを考える上でプラットフォームの変容は絶対に見過ごせない問題です。


とにかくダラダラと昨年考えたことの一部を書いてみました。近日中には昨年の個人的な映画ベストテンについて囲うと思います、では。
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