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2014年、このカット

01 01, 2015
みなさま、あけましておめでとうございます。
 
昨年は観た映画が例年になく少ないだけでなく「これだけは!」と思った作品も多く見逃してしまいました。なのでとてもじゃないですがベストテンを出すことは出来ませんし、僕自身観てない作品が気になりすぎて選ぶことが出来ません。
そこで多少趣向を変えて、昨年の映画で気になったカットについて書こうと思います。ただ、記憶で書いているので間違っていることもございます、あしからず...とりあえず新作から9本です。

1、『ドラッグ・ウォー-毒戦-』(ジョニー・トー)より、中盤の銃撃戦

複数カットにまたがりますが、今年一番のアクションだったと思います。


2、『抱きしめたい』(塩田明彦)より、北川景子が酒瓶で男を殴るカット

粉々に割れる酒瓶が実に気持ちよかったです。映画の前半にこれがあったおかげで一気にのめり込めた。


3、『ジョバンニの島』(西久保瑞穂)より、ターニャのスケッチ

原画・森久司さん。本当に美しかった。宮沢康紀さんの機関車の光も素晴らしかったですが、悩んでこっちにしました。


4、『ミッキーのミニー救出大作戦』(ローレン・マクマラン)より、全部。

だって全編1カットなんだもん(笑)。とにかく観てください、おまけの長い映画は観なくてよろしい(笑)


5、『野のなななのか』(大林宣彦)より、主題曲が流れるカット。

パンフレットの対談で高畑勲がこの作品を「アニメーション」と表現してたけど、レイヤーで映画を切り刻み再構成するという野心的、かつデジタル時代の映画にとって最も根源的な試みがいちばん顕在化していたと思います。


6、『ぼくたちの家族』(石井裕也)より、池松壮亮が医者の話を聞くカット

寄りでプルプル揺れながらも池松の顔からカメラは離れない。全篇良いけども特にこのカット。


7、『青天の霹靂』(劇団ひとり)より、序盤の移動撮影

ビックリするほど良かったこの作品、冒頭のマジック長回しと悩んだがこっち。


8、『思い出のマーニー』(米林宏昌)より、マーニーの告白

原画・沖浦啓之。ようやく「空間的リアリズム」の確立の萌芽を見たカット(当ブログ『思い出のマーニー』の項参照)。それだけにジブリ制作部門の解体は切ない。


9、『三里塚に生きる』(大津幸四郎・代島治彦)より、序盤、会話が飛行機の爆音で中座されるカット

中座されながらも言葉を紡ぐ。その力強さと、その言葉の発動を許さない暴力的爆音。その相克が見事。

以上の9本です。昨年は途中から鑑賞リストを作るのをさぼってしまったので抜けがあるかも知れません。いずれも良い映画なのでオススメです。今年は更に本数が減ってしまうと思いますが、よろしくお願いいたします。

川尻善昭ミッドナイトフェス:トークショーメモ

12 16, 2014
(注)トーク風にまとめてしまいましたが基本的にメモを参照しており抜け・事実誤認など多数有ると思いますので、あくまでも「こんな雰囲気のトークショーだった」と言う程度の物ですが、よろしければ。(虫プロ時代の話やバンパイアハンターDなどもう少し詳しく話されてましたがメモし忘れました 汗)なお、権利的に問題等がある場合は @boketa まですぐに連絡していただければ、と思います。

川尻=川尻善昭 箕輪=箕輪豊 氷川=氷川竜介

2014.12.6

川尻監督に対する思い


氷川:川尻さんを最初に意識したのは『エースをねらえ!』(1973-1974)のEDなんですよ。ああいう少女漫画とか。他には『夏への扉』(1981)の画面構成とか。

川尻:『夏への扉』は少女漫画の雰囲気を任されたね。一本まるまる自分のカラーにして、楽しかった。

箕輪:僕にとっては『レディ・ジョージィ』(1983-1984)のOPとか『浮浪雲』(1982)とかですね。女児アニメというか。

氷川:じゃあ『妖獣都市』(1987)を監督されたのは意外で…

箕輪:いや、むしろ流れの中にあるのかと。

氷川:あ、なるほど。中心にある「ロマンチシズム」で繋がってるんですね。


SF新世紀レンズマン(1984)


氷川:レンズマンで初監督をされましたが…
川尻:絵を描くのが速かったんですよ。だから速くコンテが描けるやつということで、現場監督的な立ち位置で。音響は一切関わってないです。もう一人の監督の、富沢和雄さんが全体の監督といった感じで。だから僕の中ではあれは監督作ではないです。


迷宮物語「走る男」(1987)



川尻:あれ最初はりんたろうさん、大友(克洋)さんと押井(守)さんでやる予定だったんです。それで押井さんがダメになって、急遽僕がやることになって。

氷川:イメージボードとかはコンテを描く前に描かれたんですか?

川尻:レースのアイデアと一緒だからそうだね。最初は断ったんだよ。丸山(正雄)さんがやってくれと言うから…でも眉村さんのショートシートとか読みまくったけどやりたいのがなかなか出てこなくて。そこで丸山さんに相談したら「どんなのやりたい?」って聞かれて。それでああなったんです。

氷川:ああいうスタイルになったのは?

川尻:引き算だね。りんさんは福島(敦子)くんでああいうテイストのものをやって、大友さんはディティールをたっぷり入れたアニメをやって、その二人と違うものをやろうとしたらああなった。とにかく予算があったんだよ。後にも先にもあんなに時間と金があったのはあれだけ(笑)だから動かしまくった。編集やら音響やらはりんさんに任せちゃったね。

箕輪:なんか当時聞いた話だと透過光処理のためにJセルまで使ったとか…

川尻:タイムシートが凄かったね。

箕輪:当時のマッド(ハウス)のタイムシートってGセルくらいまでしかなかったんですよ。だから特別にタイムシートを作ったとか…

川尻:そう、当時って今と違ってセルだからたくさん重ねると色が違っちゃうんだよね。でもウォルター・ヒルの『ザ・ドライバー』(1978)の光の使い方が印象的で、それをやりたかった。作ってだいぶたってから、これはアメリカのイベントの時かな。真偽は不明なんだけど「マイケル・ジャクソンがMVを作って欲しいと言ってる」と。結局マッドにも僕の方にも話は来なかったけど、来たらぜひやりたかったね。


妖獣都市(1987)


川尻:もう運命的な出会いですね。OVA自体が日本のみの特殊な文化だと思います。大人になってもアニメ観るってことですから。実は監督のお話を頂くまで菊地さんの原作を読んだことなかったんですが、原作を読んで「山田風太郎の世界を同世代の人がこういう形で書いてる!」って思いました。同じ物を見て育ってるんですよ、で「素材としても同じ物が好き」と。山田さんの「子供が観ちゃ行けない世界」を再現しようと思いました。

箕輪:でも子供のころ思い出すと、昔の映画って結構女性の裸が出てたり、あんなテイストなんです。だから僕にとっては向こう側の世界って感じがしなかった。


川尻:これが初めて最後までつきあった作品だね。いまだから話すけど音響監督がいなかったんだよ。んで、僕も音響なんか素人だから用語が分かんないし、身振り手振りで必死に伝えました。収録も、屋良さんはそこそこ若いけど、藤田さんなんか大ベテランで。このとき、率先して現場を仕切って僕の意図を伝えてくださったのが永井一郎さんなんです。

箕輪:この話、この前の阿佐ヶ谷のイベントの打ち上げで聞いたんですよ、お客さんの前で話せたら良かったのに(笑)

氷川:今回話せたと言うことで(笑)

川尻:んで、ダビングの時も前日に初めて東海林さんの音楽テープを貰ったんだよ。聞く暇ないよ(笑)更に効果の人がアニメ初めてで。

氷川:大変ですよね、頭がぱかっと割れるシーンの音とか全然わからない。

川尻:そう。『遊星からの物体X』(1982)観たことありますか、って聞いても、ない。仕方ないから僕の家まで戻ってビデオ取ってきて聴いて貰って。あとは銃の音で『ブレードランナー』(1982)のブラスターの音みたいのを入れたかったけど、それも観たことがないと。だからまた取りに行って。あの銃の音だけで6時間くらいかかってます。

箕輪:でもなによりも恐ろしいのは、その作業で「あの作品」になることですよ。信じられない。まさに川尻マジックです。

氷川:それにしても、ラストを純愛に落とし込むのが感動的ですよね。

川尻:キレイなフィルムにしたかったね。最初の予定だとラストは教会を出る二人で終えようと思ってたけど、やっぱ非日常に回帰させたくて最後少し足した。

箕輪:会うまではもっと怖い人かと思ってたけど、ロマンチストなんです。

川尻:そんな怖くないでしょ(笑)

氷川:シナリオは80分のものを作ったんですか?

川尻:いや、シナリオは35分で、コンテも35分版を作った。書き直す時間が無くて、セリフだけメモ用紙に書いて挟んで、プロデューサーに見せた。で、いきなりコンテ。

箕輪:いい時代ですよね。

川尻:いや、時代の問題じゃないよ、あんなのマッドハウスでしか通用しない(笑)だって丸山さんが「80分にしたから、予算とか決めないとマッド(ハウス)は年越せないぞ」とか言ってくるんだもん(笑)



川尻さんと箕輪さんの出会い



川尻:『ロードス島戦記』(1990-1991)で箕輪の絵を見た。次は自分より巧い人に作監を任せたいな、と思ってた。何人か候補は居たけど結局箕輪に声かけた。

箕輪:ある日突然丸山さんから話があって。ロードス部屋に川尻さんが来たんです。ロードスには川尻さん以外にも兼森(義則)さんとかめちゃくちゃ巧い人が居て。『獣兵衛忍風帖』(1993)はネタとしてもやりたかった。川尻さんと会ったときはカチンカチンに緊張してました。


獣兵衛忍風帖BURST(2012)


川尻:ちょっとしたプロモみたいなのをまたやりたいね、って話から。本当は忍法ものは劇場作品じゃないと…時間も予算も無いところでやったからね。基本的にセリフなしで行くことにしてたんだけどSEと息芝居は入れたいと思って。声優雇えないなら「俺、練習してくるから!」と言って(笑)そしたら三間(雅文)さんが「学校出たての子を使おう」って言って。そしたら、たまたま音響スタジオの中を山寺(宏一)さんが通りかかって。で、獣兵衛の息だけ入れて貰った。

箕輪:この作品、川尻さん全原画とか語るとこ一番有るんですけど、いちばんの見所は山寺宏一の無駄遣い(笑)「ハッ!」とか「うっ!」とか山寺さんが言って、それに三間さんがリテイク出すんですよ。

川尻:作品自体の源流は『伊賀の影丸』だね。伊賀の影丸経由で山田風太郎。

箕輪:この作品、バックストーリー聴くとなるほどってなるんですよ。最後の人間バイクのお兄ちゃんは、誰か偉い人から聞いて勝手に勘違いして自分でバイクも何も全部作っちゃってとか…でも3分だと(笑)

川尻:原画は全部俺だね。一本一ヶ月。

箕輪:それでキャラ修したんだけど誰もいなくて寂しかった。


獣兵衛忍風帖(1993)


氷川:今日海外版のブルーレイ持ってきたんですけど、これって海外だと凄い人気なんですよね。『Ninja Scroll』って名前で。最近アニメ関係で新聞とかの取材を受けることがあるんですがそのとき絶対『獣兵衛忍風帖』観てるか聴いてるんです。これを観なきゃダメだ、と。大体の人は知らないんですけど。最近の通過儀礼です。
日本人にしか作れないアニメですよね。

川尻:これは、今だったらやれるかも知れないと思って企画書を書いた作品。んでしばらくたったら突然丸山さんから「やることになったから」って事務報告された。意識したのは、構図的にわかりやすい作品。

箕輪:構成としてはスパイ映画ですよね。アバンタイトルでまずアクションがあって。

川尻:時代劇って「今」のお客さんが観られるようなものが少なくなってきたんですよ、映画のテンポが速くなり出した頃で。だからこの作品はノンストップアクションで見せきろう、と。冒頭の獣兵衛は放り投げるおにぎりは『ダーティーハリー』(1971)のホットドッグ。

箕輪:最初はテンポ速いと思ったんですよ、だって敵が8人でしょ。だったら一人10分くらいじゃないですか。海外ではそれが受けたのかなって。

川尻:とにかく刺激的に、そしてエスカレートしていくようにって作ったね。人体真っ二つとか、出来るだけ派手に。

箕輪:『マトリックス』(1999)のとき、ウォシャウスキー兄弟が好きな日本のアニメを聴かれて「AKIRA,GHOST in the SHELL」とか言ってるのは通訳したのに「Ninja Scroll」は無視したんですよ!あの通訳者は一生許せないですね(笑) この作品、ロードスの後なので髪の毛は全部BL塗りつぶしにハイライトだけにして。

川尻:髪の毛BL塗りつぶしにハイライトってのは、時代劇の髪の質感を狙ってやった。

箕輪:当時のマッドハウスって撮影室にネコが居たんで、撮影の時のゴミが酷くて(笑)

川尻:昔のフィルムなら映らなかったけどだんだん性能が上がってゴミが目につくようになった(笑)ブルーレイにするならどうやってフィルムの空気感を出すかなんだけど、『獣兵衛』のブルーレイはゴミを消しつつフィルム感も残ってて良かったよ。 『バンパイアハンターD』(2001)はフィルムが最高の作品だね。池畑祐治さんの美術はもう国宝級だし。これってほぼ全部セル作品なんだよ。ほとんど最後の時代じゃないかな。実はテレビのモニターじゃ分からないような処理を入れてるんだよ。 この作品ってバンパイアは鏡に映らないって設定なんだけど、Dは半分人間半分吸血鬼のダンピールだから鏡に映るとき特殊な処理をしてる。

箕輪:具体的に言ってしまえば、黒い物を透けさせてるんです。

氷川:テレビだとそれは映らないですね。

箕輪:個人的にも35mmフィルムは楽しみですね。

川尻:正直普段はこの時間もう寝てるんだけど(笑)この時間から三本はしんどいけど、

      「面白いから寝させねえぞ!」(会場拍手)
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『思い出のマーニー』

09 09, 2014
2014年・製作=スタジオジブリ、日本テレビ、電通、博報堂DYMP、ディズニー、三菱商事、東宝、KDDI
制作=スタジオジブリ 配給=東宝
原作=ジョージ・G・ロビンソン
脚本=丹羽圭子、安藤雅司、米林宏昌
作画監督=安藤雅司(作画監督補佐=山下明彦、稲村武志)
美術監督=種田陽平
プロデューサー=西村義明
監督=米林宏昌
声の出演=高月彩良、有村架純、松嶋菜々子、黒木瞳 ほか

 
 実は最初に観たのは1ヶ月以上前だ。そのときに「これは良い!」と思ったのだがどう書いたものやら悩ましく一ヶ月間悶々と考えながら放置していた。ようやく二回目を観て少し考えがまとまってきたので書いてみる。

 まず言わなければならないのは、近年のスタジオジブリ作品に対するフラストレーションが溜まっていたことだ。特に宮崎駿作品は近藤喜文、安藤雅司という、二人の「批判的な眼、あるいは手」を失って具体性を失っていった。作品は猛烈な勢いで抽象化の一途をたどっていった。美術や作画は確かに常に高水準かつ高密度だ。しかしバックグラウンドを欠いた、空虚な高水準作品は、宮崎駿という単一の才能をよりどころとしており、限界と破綻は見えていた。

 その問題が露呈したのが昨年の『風立ちぬ』だろう。大正年間から昭和初期を舞台としながらも、あれを日本だと僕たちは認識できるのか。菜穂子の「結核」の描写に果たして説得力はあったのか。宮崎駿(と作画監督の高坂希太郎)は、結局は「ジブリ的作風」に絡め取られ、「『ファンタジー』にしか見えない『実話ベース』の『ジブリアニメ』」という至極珍妙な作品に仕上がってしまった。

 我ながら非常に回りくどい。間を飛ばして結論だけ書こう。『風立ちぬ』は従来の手法・方法論で作ってはいけない映画だったのだ。大正年間から昭和初期を描くには「ジブリ的なルック(デザイン・作画・背景・特殊効果など多岐に及ぶ)」ではいけなかったのだ。ファンタジーへ逃げることなく真正面から、あの近藤喜文が『火垂るの墓』で行ったような正攻法で突破すべきだったのだ。(出来上がった作品がダメだと言っているわけではない)宮崎駿は「作品に合った作風」を見失っているように感じる。

 ようやく本題。翻って本作だが、欠点を言えばきりがない。種田陽平の美術はフィッティングを考えずむやみやたらに密度が上がってしまっておりセル部分との乖離を生み出しており(おまけに最初に杏奈が洋館に向かって歩く場面では、付けPANが上手く噛み合っていないという悲劇まで起きている)、前作『借りぐらしのアリエッティ』でも見られた、米林監督の生真面目すぎて力の加減を知らぬ丁寧すぎる作劇は最終盤になって冗長に感じるし(これと比べると『風立ちぬ』の飛躍は見事としか言いようがない)、それに付随して、無闇に増えたキャラクターを持てあまし気味だ。
 
 しかしそれでもただ一点を以て自分はこの映画を素晴らしいと思った。この映画は具体性にあふれているのだ。冒頭、札幌から釧路まで伸びる線路をバックにタイトルが出る。この映画には釧路湿原の、それも叔母一家の周辺しか登場しない。しかしその空間の限定がこの空間の具体性を徹底的に底上げしてみせた。分かりやすい話をすれば、叔母の家からマーニーの家までの位置関係を我々は知っている。どこで物語が展開されているかを手に取るように理解が出来る。空間を観客が認知できる、というのはつまり、説明的描写を削ることが出来る。それなりに複雑な物語構造を持つ本作において、空間説明に観客の関心が行かず、よどみのない物語への没入が出来る意味は大きい。

 作画についても従来のジブリ映画との徹底的な差別化を目指し、記号化を避けた具体描写を図っている。安藤のキャラクターデザインはキャラクター一人一人が「やわらかい身体」であることを十分に感じさせ、実写に漸近し過ぎることもない見事なものだ(特に眼球への意識、奥歯の描き方)。作画自体も従来のジブリ的な(Aプロ的な)描写とは異なっている。特に沖浦啓之と本田雄パートはリアル系アニメーターの面目躍如といえるだろう。残念ながら全てに手が行き届いたわけではなく、従来的なエフェクト作画などが見られてしまっているが、作画監督としての安藤の最大の業績はおそらく影付けだ。立体に見せるための影付けではなく明確に光源(太陽、月、電灯...etc)を意識している。光源がわかる、すなわち時間が予想できるということだ。『風立ちぬ』は果たしてどのくらいの年月を経る物語なのか、『ハウル』はいつ頃の季節の物語なのか。本作では空間と時間、この両軸が見事に具体的に、克明に描写されている。
 
 押井守は『イノセンス創作ノート』(2004)で「街という名の街はなくイヌという名の犬はいない」と書いている。実写映画ではかなり制約される記号的表現がアニメでは自由に使え、かつ一種身勝手にいい加減に用いられてきたことに対する皮肉だ。本作は文字通りに「地に足のついた」作品だ。その作品に「飛翔」も「ファンタジー」も不似合いだ。

個人的雑記 東映映画について

01 28, 2014
1、東映時代劇危機の時代
①他社の動き
1961年 黒澤明『用心棒』(東宝)公開
1962年 黒澤明『椿三十郎』(東宝)公開
殺陣における斬撃音、出血描写の登場。東映時代劇の「チャンバラ」に対して「リアリズムの殺陣」と呼ばれる。殺陣師:久世竜。

1962年 三隅研次『座頭市物語』(大映)公開
1963年 田中徳三『眠狂四郎殺法帖』(大映)公開
勝新太郎、市川雷蔵の台頭、スターの交代。「暗い時代劇」の登場→伊藤大輔などの「傾向映画」の影響?

②時代の動き
1958年:11億3000万人
1968年:3億1000万人(山根貞男『活劇の行方』より)
劇場数も急減少。
1961年:新東宝倒産

1960年:安保闘争。大島渚『日本の夜と霧』公開
1963年:NHK大河ドラマ『花の生涯』放送
1964年:東京オリンピック開催
その他、文化大革命・四大公害病・ヒッピー文化・劇画流行 など

③東映時代劇の危機と仁侠映画の登場
1961年:第二東映設立
1963年:ニュー東映閉鎖

1963年 工藤栄一『十三人の刺客』山下耕作『関の弥太っぺ』沢島忠『人生劇場 飛車角』公開
1964年 マキノ雅弘『日本侠客伝』公開
1965年 佐伯清『昭和残侠伝』公開
以後、仁侠映画全盛期へ(~1973年、深作欣二『仁義なき戦い』公開をもって終焉)



2、東映チャンバラ時代劇と東映仁侠映画
仁侠映画:「チョンマゲを取った時代劇」という一般的評価

①山根貞男『活劇の行方』
<ハレ>と<ケ>(民俗学用語)から東映チャンバラ時代劇と仁侠映画の差異を説明。
<ハレ>非日常の世界 <ケ>日常の世界

東映チャンバラ時代劇の<ハレ>:
仲間との親和の中にあり、明朗な映画的世界観により死の要素を無効化

東映仁侠映画の<ハレ>と<ケ>:
賭場や襲名披露→そこには厳しい掟があり、それをもって初めて<ハレ>が表出される
殺陣→<ケガレ>を内面に孕んだ<ハレ>である、死の要素を顕在化させた

②仁侠映画と時代劇映画の相克としての『関の弥太っぺ』
股旅物として、人情話を内包するはず
:実際はやくざ社会の掟の厳しさを描き、「死の気配」を内包した、痛ましい悲劇となった
のちに『博奕打ち 総長賭博』でもみられる「立場への固執」(佐藤忠男『日本映画の巨匠たち③』)の趣きも

しかし、殺陣はまだ斬撃音・出血描写ともにほとんどなく、弥太郎に「やくざ」としての強い自意識や、組織的な束縛は見られない
→股旅物(≒東映チャンバラ時代劇)を引きずっている?

・一人の女性(十朱幸代)を巡る兄弟同士のいさかいが悲劇を生み出す構造


3、『博奕打ち 総長賭博』(1968)と『博奕打ち いのち札』(1971)

1969年 東大安田講堂事件
1970年 三島由紀夫割腹自殺
1971-1972年 山岳ベース事件
1972年 あさま山荘事件
→全共闘運動をはじめとした学生運動の盛り上がり、テロル・内ゲバの時代


『博奕打ち 総長賭博』
(1968.東映京都)
やくざ社会における擬似的親子関係という「立場への固執」が生み出す悲劇、一種の内ゲバ?(ギリシャ悲劇の影響)
→従来の仁侠映画(善なる旧組織 対 悪なる新組織)の構造を一部否定

脚本:笠原和夫によるもの 昭和10年代、日中戦争の拡大に伴う大陸進出政策が背景にある(決して前景化しない)
→まだ「善なる旧組織」という思考を完全否定できない

『博奕打ち いのち札』(1971.東映京都)
男女の恋愛感情を封殺する、やくざ社会の掟(ここでも擬似的親子関係)を初めて明確な「障害」として描写
→従来の仁侠映画における、男女恋愛のプラトニックな関係性とホモソーシャル社会を補填していた「兄弟盃」「親分子分」の関係をようやく否定、唾棄すべき「因習」として描く

『関の弥太っぺ』で見られた男女恋愛と掟の対立構造が再び顕在化
→新左翼における男女恋愛と活動の奇妙な一致(例:若松孝二『天使の恍惚』1972)を無意識に踏襲?
吉本隆明「対幻想」

1973年 『仁義なき戦い』公開
任侠やくざ映画の終焉
→古きよき組織、時代(明治~昭和初期)を否定、終戦直後のカオスと弱肉強食の組織闘争がそれに取って変わられる

2013年を振り返る 其の弐

01 09, 2014
 だいぶ期間が空いてしまいました。映画を無理やりに序列化する暴力性についても、本来は改めて考えなければなりませんが、本日もうキネマ旬報ベストテンが発表されてしまうということで、この記事が有効な期間もわずかだと思うので昨年の映画について書きます。

まずは新作邦画のベストテンから。

①ペコロスの母に会いに行く(監督=森崎東)
①かぐや姫の物語(監督=高畑勲)
③リアル 完全なる首長竜の日 (監督=黒沢清)
④風立ちぬ(監督=宮崎駿)
⑤共喰い(監督=青山真治)
⑥クロユリ団地(監督=中田秀夫)
⑦舟を編む(監督=石井裕也)
⑧凶悪(監督=白石和彌)
⑨日本の悲劇(監督=小林政広)
⑩さよなら渓谷(監督=大森立嗣)


 ざっとランキングを見るとベストテン上位作品にベテラン監督の作品が集中し、ベストテンの下の方に気鋭の監督の作品がランクインされており、比較的バランスがいいのかなとも思います。デジタル撮影作品が7本、35mmフィルム撮影作品が2本、16mm撮影作品が1本と案外時節に乗っている気もしないでもありません(笑)
 上位三作品について少し話しますと、映画というメディアに対しても、「生」というものに対しても、手放しの賛辞ではない「絶対的肯定」というものが見られたと思います。『かぐや姫の物語』については語り口は非常に多岐にわたると思いますが、その根源にはやはり「穢れた現世に対する肯定」というものがあったと思います。清水節さんの論評がよくまとまっていたのでオススメです。
 『風立ちぬ』は『リアル』に通じる部分も感じさせる作品で傑作ではありましたが、『崖の上のポニョ』(2008)で見られた根強い死のイメージを払拭するどころか逆に具現化してしまっており、その墜落のイメージに対する懸念が頭をよぎりこの順位に置きました。「生」に対する観念をめぐる、上位作品に対する強烈なカウンターとしての意味合いもあります。
 『共喰い』は映画オリジナル部分が白眉でした。祭りの前日に事態が急変するのは『ペコロス』とも繋がっている(もっと言えば『祭りの準備』を少し思い出しました)気もしますし、ラストの面会シーンは『かぐや姫』にも通じます。ただ、前半の濡れ場がやや淡白で、もう少し濃厚な「性」を見せて欲しかった気もしてこの順位に置きました。
 『クロユリ団地』は当ブログにも書きましたが、非常に端正な作品です、逆に言えばイマジネーションがその端正さを上回らなかったとも言えます。それは『舟を編む』にも言えます。両作品ともに美術と照明は本当に素晴らしかった。
 『凶悪』と『さよなら渓谷』はディテクティブストーリーの体裁を取りつつ、事件をあぶりだしていく内容で、モデルになった事件がある、という点でも共通している作品です。両作品共に俳優の身体の躍動を強く感じましたが、それが主人公の立場を微塵も脅かさない、傍観者としての身体が存在する、という点で上位に置くのをためらいました。『日本の悲劇』は良い作品だと思いますが、この主人公の倫理性をどう扱うのか。少し悩んでこの順位に滑り込ませました。
やや戦略めいていますが以上のような理由でベストテンを序列化しました。

選外作品で印象深いのは『もらとりあむタマ子』『四十九日のレシピ』『そして父になる』『ぼっちゃん』『百年の時計』『フィギュアなあなた』『遺体 -明日への十日間-』などです。

次に旧作について。去年はベストテンを書いていましたが、評価が定まっている作品も多いので印象に残った作品を挙げながら書きたいと思います。今年特に印象に残った旧作としてはなんといっても『Playback』(2012.三宅唱)が挙げられます。近々オーディトリウム渋谷で上映するようなのでぜひご覧になってください。まとまったものとしては、年始に深作欣二没後10年で『資金源強奪』の面白さを改めて認識し、相米慎二凱旋上映で大半の相米作品を鑑賞できたことは良かったです。6月に黒沢清をダラダラと見たのち、時間が空いて11月にはオーディトリウム渋谷で森崎東監督に圧倒され、そのまま現在に至っています。特に良かったのは『喜劇 特出しヒモ天国』(1975.東映)と『ロケーション』(1984.松竹)です。機会があったらぜひご覧になってください。その他には『シャブ極道』『童貞。をプロデュース』『かぞくのくに』『剣』が印象深いです。

洋画についても書こうと思いましたが長くなりましたので次回に続きます。某漫画で言うところの「もう少しだけ続くんぢゃ」です。では。
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